
いま注目の文筆家のエッセイ、小説などの創作を4号続けて掲載。今回は2489号(2026年3月25日発売)から、燃え殻さんのエッセイ第3回「悪魔が使いそうなボールペン」をお届けします。
「すみません。ドラマでどうしても遺影が必要になりまして。燃え殻さんの顔が、遺影にピッタリなんです。一枚写真を送っていただけませんか?」
テレビ局のディレクターSくんから、明け方にそんな電話がかかってきた。
「いっ……、遺影?」
思わず光の速さでそう聞き返した。多分、遺影の写真を誰からも貸してもらえず、仕方なく僕のところに連絡をしてきたんだと思う。
Sくんは、先日、某新聞に載った僕の写真が遺影にピッタリだと力説する。「あの写真でいかせてください! ベスト遺影写真です! お願いします!」と。『ベスト遺影写真』また無駄な称号に輝いてしまった。
こちらはいくつかの締切が重なって、てんやわんやの状態のまま朝を迎えていた。テレビ局に勤めている人間に、朝も夜もあったものではない。なんなら、夜明けくらいのほうが、疲れがピークに達し、変なドーパミンが沸き立って、妙に元気な可能性すらある。テレビ関係者からかかってくる明け方の電話は、とにかく鬼門だ。
遺影でドラマ出演。どー考えても親族も友人関係も喜ばない。よし断ろう、と思った瞬間、Sくんが、
「ちょっと話はズレるんですが、先日の原作のドラマ化のお話。企画書を書いて、上に提出しておきましたんで」
と、これ以上ないズルいタイミングで、最新お仕事情報を追加してきた。
「あー……、ありがとうございますう」と言わざるを得ない。
「で、遺影なんですけど、いかがでしょう?」
完璧だ。完璧な詰め方だ。僕は、「負けました……」もとい、「承知いたしました」と言うしかなかった。
こうやって生きてきた(負けてきた)。
とりあえず、Sくん希望の「ベスト遺影」である、某新聞社が所有している、僕の写真の許諾を、自ら問い合わせる。担当の記者から、「遺影……、ですか?」と心から驚かれた。詳しく事情を説明すると、いろいろ大変ですねえ……、としみじみ同情された。
そういえば前に、「すみません。いま、論破される人を探してまして……」とテレビ局の某プロデューサーから電話がかかってきたこともあった。それも朝方の同じような時間だった。やはり、明け方のテレビ関係者からの電話は鬼門でしかない。
「ろっ……、論破ですか?」
そのときも、光の速さでそう聞き返した。
「はい、あの、無理に論破されなくてもいいんですが、できれば論破されてもらいたくて……。相手は大学教授なんで、きっと燃え殻さんなら論破されるとは思います」
「ああ、なるほどですね」
なるほどじゃない。どこまで聞いても失礼な話だった。「できれば論破されてもらいたくて」というタイトルの本を出版したいくらいには失礼な話だった。論破されるのが似合う作家。またまた、ありがたくない称号で間違いない。しかしその人にも、僕はバカみたいに世話になっていた。資料を借りたり、人を紹介してもらったり……。論破されるくらいで返せる借りじゃなかった。よってまた、「負けました……」もとい、「承知いたしました」と僕は返答してしまう。
こうやって生きてきた(負けてきた)。
この話には後日談がある。二、三週間後、その某プロデューサーから、またメールが届いた。
「すみません! 論破の件なんですけど、他の方が見つかってしまいまして……、また別の機会にお願い致します!」と。
メールの用件のところには、「論破の件」とあった。論破仕事が、別の誰かのところに移行して、心からホッとした。しかし某プロデューサーは舌の根も乾かぬうちに、「で、植毛体験を企画としてやってもらうことってできますか? ていうかそもそも薄毛でしたよね?」と、人のナイーブなところに土足で踏み込んでくる。
「剛毛か薄毛かって言われれば(誰も言ってない)、薄毛なほうだと思いますが……」
僕がそこまで言うと、「決まり! いきましょう! 植毛体験」と被せてきた。某プロデューサーには、たしかに借りはあったが、植毛を地上波で披露するほどの借りではないと判断し、このとき初めて断った。
昔、テレビの美術制作の仕事をしていたときも、無理難題の注文を日々受けていた。あのときも、そういった類の問い合わせは、明け方が多かった。夜中じゅう、方々で断られまくったであろうADから、「すみません! 悪魔が使いそうなボールペンを作ってもらいたいんですけど……、できれば今日の昼までに……」なんていう、無茶の塊のような連絡が来たこともあった。
「あっ……、悪魔ですか?」
そのときも、光の速さで僕はそう聞き返す。
「そうです。悪魔と契約するっていう場面で使う、悪魔が使うボールペンを探しています」
ADもそれはそれは必死だ。いくらなんでも無茶過ぎる。それも納期が迫っている。無茶で無理だ。しかし、そのADに、僕はミスを二度もみ消してもらったことがあった。一度目はテロップの誤植。二度目は、請求書のミスをかばってもらっていた……。もう、わかっているかとは思うが、そういうことも加味して、僕は「承知いたしました」と彼に伝えてしまう。なにをどう承知できたんだ? と心から突っ込みたかったが、いろいろ鑑みると、断るわけにはいかなかった。
『悪魔が使いそうなボールペン』それって、そもそもなんなんだ? というところから始めなきゃいけないのに、時間は昼までしかない。なんか黒っぽくて、羽が生えてそうな気もしないでもない。
結局、社内の仲間たちと一緒になって、どーにかこーにか作り切った(やっぱり、コウモリみたいな羽が生えたものになった気がします)。
またあるときは、「あのー、信じられないくらいデカい分度器って、作ってもらえませんか?」という、一休さんのお題のような発注をもらったこともある。
「しっ……、信じられないくらいデカい分度器?」
いつも通り、僕はそう聞き返す。
「はい。もう見た人が、引くほど大きい分度器を探してるんですが……」
先方はもちろん、かなり切迫した感じだ。多分、そこいら中の美術制作会社に断られ、断られ、僕のところに電話をかけてきたので間違いない。ほぼ、「どうせお前も断るんだろ?」という声だった。そのとき、どう対処したかの詳細は忘れてしまったが、なんらかの方法で、とんでもなく大きな分度器を作ったのは覚えている。
あの頃、一緒に働いていた同僚に、『信じられないくらいデカい分度器』の話をしたことがある。「ああ、あれは困ったよなあ。みんなで『信じられないくらいデカい』って概念なんだろう? から始めたからなあ」と懐かしそうに語っていた。
いま、僕は『作家』と呼ばれる職業に就いている。クリエイティブの塊のように思われがちな職業だが、いまよりも、あの頃のほうが、よっぽどクリエイティブだった気がする。テレビ業界ということもあったが、やはり、けんけんがくがく、仲間たちと意見を交わしながら作っていく作業こそ、真のクリエイティブな気がする。
そして、あの頃、明け方にかかってきた電話のほうが、いまよりもさらに無理難題、奇想天外、前代未聞なものが多かった。
それでも今朝もまた、懲りずに電話がかかってきた。
「すみません、いまちょっといいですか? あの、『最近、変な名前の作家が増えてませんか?』というタイトルで、十五分の特集を考えてまして……。燃え殻さんにひと言いただけたりしないかなあ……、と。個人的には燃え殻さんの本は全部読むくらい好きです」
電話の向こう側のプロデューサーは、そう言いながらヘラヘラ笑った。
「いま、ちょっとエッセイの原稿が間に合ってなくて……」
こちらがそう、やんわり断ろうとすると、「ああ、エッセイとかも書くんですね」と絶対に全部読んでない感想をいただく。さすがに数秒、無言になったが、いろいろ迷いに迷って、僕はその仕事を引き受けてしまった。「なんで?」と突っ込まれそうだが、理由は単純で、そのプロデューサーの局に、何度か助けられたことがあったからだ。それに、過去の無理難題、奇想天外、前代未聞を思い出せば、今更その程度、どーでもいいような気もしていた。
『悪魔が使いそうなボールペン』『信じられないくらいデカい分度器』。あれを考えれば、もう、どの面倒もある程度大丈夫だ。
最近、明け方にかかってくる、困りに困ったテレビ関係者たちからの頼み事を、困りに困りつつ、僕は思わず引き受けてしまう。
連載第4回は4月1日(水)発売の『anan』2490号に掲載!
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燃え殻さんのanan創作連載シリーズ
Profile
燃え殻
もえがら 1973年、神奈川県横浜市生まれ。小説家、エッセイスト。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。著書に小説『これはただの夏』、エッセイ集『明けないで夜』『これはいつかのあなたとわたし』などがある。J-WAVE『BEFORE DAWN』のナビゲーターを務める。
anan 2489号(2026年3月25日発売)より



























