お題は「5月の日記を自由に書いてください」。日常を独自の視点でつづるエッセイスト・長瀬ほのかさんに、とある1週間の日記を書いてもらいました。

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    Profile

    長瀬ほのか

    エッセイスト。1988年、北海道生まれ。東京都在住。初のエッセイ集『わざわざ書くほどのことだ』(双葉社)を2025年に刊行。アンモナイトを愛する夫をつづった「古生物学者の夫」が、note主催の創作大賞2024で双葉社賞エッセイ部門を受賞。2021年からnoteで「ゾロメ日記」を更新中。Xアカウント@nagase_h

    5月2日(土)

    友人家族が遊びに来るので、朝から掃除に勤しんだ。私も夫も、部屋が多少汚くても見て見ぬふりができる強靭な精神力を持っているため、普段は掃除を怠りがちである。誰かが遊びにきてくれると掃除せざるを得ないのでとてもありがたい。夫はいざやるとなったときの集中力が凄まじく、私が自分のデスク周りをちんたら片付けている間に、洗面台を磨き上げ、トイレをきれいにし、掃除機までかけてくれた。ついでに「小腹が空いた」とゴネてみたら、素麺も茹でてくれた。

    友人の小学生の息子くんと、夫はゲーム仲間である。今日もSwitch2で一緒に遊んでいた。夫が思いつきで、昔のゲームボーイや各種ソフトなど、懐かしいものを詰め込んだ箱を押入れから引っ張り出してきて、「懐かしい!」と盛り上がった。カセットの接続部に「フーッ」と勢いよく息を吹きかけると、「えっ! それ、YouTubeではじめしゃちょーもやってた!」と息子くんが目を丸くしていた。我々世代にはお馴染みのカセットフーフーも、今や「平成しぐさ」のひとつになったのだと思い知らされた。

    片や4歳の妹ちゃんは「お菓子食べながらブルーイ観るの」と宣言してタブレットの前に陣取り、スナックをつまみながら青い犬のアニメを観ていた。幼くしてすでに自分なりのくつろぎ方を確立していることに感心した。金曜の夜に晩酌しながら映画鑑賞をする大人のような貫禄である。

    夕飯はみんなで近くのもんじゃ焼き屋に行った。友人の旦那さんは下戸なので、こういう時に車を出してくれて助かる。もんじゃという最高のつまみによって、私と友人はすっかりへべれけとなった。友人がレモンを絞るときに、「レモンは皮を下にして絞るんだって! 何かその方がいいらしい!」と曖昧な豆知識を披露してきたので、「米津にでも聞いたんか?」と返した。友人は息が止まるくらいの引き笑いをして、私も一緒になって笑い転げたが、夫たちには「どゆこと……?」と困惑された。酔っ払いの笑いのツボに「どゆこと」とか、ない。

    5月3日(日)

    「駄目」という言葉について調べたくてGoogleで検索したら、トップに出てくるAIの解答欄に、「何かお気に召さない点がありましたでしょうか。申し訳ありません」と出てきた。そんなに萎縮されるとやりにくい。

    5月4日(月)

    夫がスペアリブを焼いた。先日、スーパーで立派なスペアリブが売られているのを見つけて、「これを焼きたい」と興奮気味に言うので、「焼いてみな」と背中を押した。ネットでレシピを調べながら、前日からタレに漬け込んでいたのを、満を持して焼いた。オーブンで20分。生姜焼きみたいな和風の味付けでおいしかったが、夫は首を傾げていた。「アメリカ人のバーベキューみたいにさ、骨から肉がホロホロ取れちゃうような柔らかさにしたかったんだよ」とのことである。「十分おいしかったけどね」と返してその場は終わったが、テレビを観たりしてくつろいでいる最中に、「肉って焼いたら固くなるけど、そこにさらに火を入れたら柔らかくなっていくものなのかな?」と、唐突に話題を蒸し返してきた。まだ納得できていなかったらしい。「だってさ、アメリカ人のバーベキューはすんごい長時間焼いてるじゃん」「あれは低温でじっくり焼いてるんじゃないの」「そうなの?」「たぶん」。アメリカ人のバーベキューへの固執がすごい。

    5月5日(火)

    早起きして活動しようと思っていたのに、目覚めれば昼。そんな気はしていた。なかなか布団から出られずにいると、「あつまれ! 昼食の森!」という妙な号令で夫が布団を剥がしてきた。昨日少しだけ残していたスペアリブを食べてしまおうということになり、皿に盛った。「これ、元森の住人?」と聞いたら夫が吹き出した。

    5月6日(水)

    「どこに行っても混んでるから、ゴールデンウィークは出かけない」と事前に決めていたのだが、最後の最後になって夫が「ゴールデンウィークっぽいことがしたいよー!」と手のひらを返してきた。連休が終わると思うと猛烈に寂しくなったのだと言う。そして、やはり混んでいるところには行きたくないと言う。無理難題。「近くの公園にビニールシート敷いてピクニックでもするか?」「普段行かない駅で降りてはしご酒でもするか?」と、あまり混雑してなさそうな方向でいくつか提案してみたが、夫は「うーん、うーん」と唸るばかりである。どこに行きたいのか、何がしたいのか、自分でも皆目見当がつかないが、とにかく外で楽しんだ実績がほしいのだと言う。なぜ泣いているのか自分でもわからない赤ん坊のようである。まったく世話が焼ける、と呆れながらも、出かけると思うと少し楽しみになってきた。思案の末、「どこかの屋上でやってるビアガーデンは?」と絞り出したところ、「いいかもしれない」と初めて夫の目が輝いた。近場にあるビアガーデンをいくつか検索して、場所的にも値段的にも良さそうなところが見つかったのでそこに決めかけたのだが、コースの内容をよく見ると、「スペアリブ」と書いてあった。「さすがに……」と顔を見合わせた。

    仕切り直して、別のビアガーデンでサムギョプサルを食べた。少し風が強かったが、快晴で心地よかった。外で飲むビールはどうしてこうも嬉しいのか。夫も気が済んだようで、「これが俺のゴールデンウィーク」と満足そうにしていた。

    その帰り、駅の上りエスカレーターで振り返り、後ろの夫と話してまた戻るという動作の中で、指先に一瞬、粘膜を感じた。「え、なんか今、指が眼球に当たらなかった?」と聞いたら、「当たった」と平然と言われた。「なんで何も言わないの」と返すと、「当たったけど、別に痛くなかったから」と言う。眼球に指が当たったのに痛くなかったのも奇跡的で面白いし、痛くなかったにしても反射で何かしら言ってしまいそうなのに黙っていたのも妙に面白くて、二人でしばし笑った。

    5月7日(木)

    電車で座っていると、目の前に立っている人がバッグからペットボトルのりんごジュースを取り出し、キャップを外した。その拍子に、私の膝あたりにりんごジュースが一滴、ぽたりと落ちた。私は咄嗟に、「気づくな!」と思った。必死に謝られると気まずいし、どうせ「いえいえ! 全然大丈夫ですよ!」と言うだけだし、なんなら私のことだから、気まずさから「こちらこそすみません!」などと口走りかねない。そうなるくらいなら、謝られない方がマシだ。水滴がスラックスにじわりと吸い込まれていく。黒だからシミになることもないだろう。「気づくな!」と祈りながら、ひたすらじっとしていた。するとその人は気づかなかったのか、それとも、気づかなかったふりをすることにしたのか、何のリアクションもなく、ジュースをバッグに仕舞った。祈りが通じたにもかかわらず、ちょっと不満だった。謝られるのも面倒だが、何も反応がないのも嫌だとなれば、私は一体何を望んでいるのか。電車に揺られながらしばらく内省した結果、「無言で拭いてほしい」という結論に達した。何も言わず、目も合わせず、ハンカチか何かで膝をちょんちょんと拭ってほしい。名案だと思ったが、それはもう人間に対する扱いではない。

    5月8日(金)

    病院の待合室にて。血圧計を使おうとした人が、キャスター付きの丸椅子に座り損ねて尻もちをつくのを見た。怪我はないようだが、とても恥ずかしそうにしていた。抱きしめたいくらい気持ちがわかる。何を隠そう、私も前に別の病院でまったく同じ目に遭ったからである。ものすごく恥ずかしくて、そのあと血圧を計ったら未だかつて見たことのない数値が出た。あれ以来、キャスター付きの丸椅子は危険物と見なしている。

    病院のあと、カフェで本を読んだ。綿矢りさの『グレタ・ニンプ』があまりにも面白い。隣の席の人はタブレットでアニメを見ながら、クリームパスタをむしゃむしゃ食べていた。その姿がなんとも力強く、我々は自由だ、という気持ちになった。しかしその直後、まだ半分しか飲んでいない私のアイスティーに、大きめの虫が飛び込んだ。虫は死すともティーは死せず、というわけにはいかず、飲み物を買い直した。

    文・長瀬ほのか

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